なんでtinythai?

なんでtinythai?

初めまして、てーぷと言います。

はい、第一稿ということでブログ開設に到った経緯のようなお話を少し。

ブログの目的はそりゃぁもうガンガンアクセスしてもらって不労所得をガッポガッポです。別に冗談とかではないです。実現するかは知らんけど。

 

きっかけ…に至る道。

 

我が家がタイに移住したのは2014年のことなんですが、初めてタイに旅行で訪れたのは2010年。でその話をする前にちょっと奥さん(Mai)との出逢いの頃までに遡るんですが、まぁ我が家もホント人並みに、いや人知れず(?)苦労して来ました。(今もしてますが…)

奥さんは僕がおよそ一千万ほどの借金を抱えている最中に僕を受け入れ付き合い出してくれました。一千万すよw? 別に何か事業を起こしてとか、別の資産があるような借金じゃなく。僕ならちょっと、いやだいぶ引く。自分からお付き合いを辞退しようと提案しました。

でも奥さんがその時僕に言ったのは「別にいいじゃん。」…だったんです。

その一千万はいろんな意味で真っ黒いお金でした。僕自信もいろんな意味で真っ黒でした。放っておいて知らんぷりも出来るお金でした。自分の中に残る1片の人間性を信じたいが故に抱えた借金でした。

でもその時からまともに生きたいという欲求が湧いてきたんですよ。奥さん道連れにしちゃうわけですし。かたはきっちりつけなきゃって。

約10年掛かりましたねw その間の細かいことはまぁ置いといて、とにかく苦労させました。それなりに楽しくではありますが。

 

ざ・びーち

 

数年経った頃にかなり月々の返済額も落ち着き、終わりが見え始めたのでいいかな?って思って「ねぇ?結婚しちゃおっか?よし、しましょう!」ってなノリで婚約したんですよ。

で、僕はバツがついていましてお互いいい歳ってのもあって派手に結婚式ってのは無理があったんですけどしれっと婚姻届出すだけじゃなくてパーティーでも開いて奥さんにはドレス着せてあげてみんなにお祝いもらって新婚旅行にも連れてってあげよう!って計画した訳です。それまで親に会いに行く以上に遠いとこまで連れてってあげられたことなかったですから。チャンスだったんですよ。

予算的なこともありましたがここはもう僕の趣味でアジア圏しか頭に無かったんです。最初はバリ島を計画してました。でもいろいろリサーチ(というか主にネットサーフィン)していて引っかかったのがタイのクラビ。そこからランタ島に興味を持って、バリ島かランタ島どっちにする?ってなってたんですけどクラビにはさくらさん(毎回お世話になってます)っていう日本人女性がやってらっしゃるツアー会社があってランタ島には日本人女性が切り盛りしてるバンガロー(BeeBeeBunbalow(ビービーバンガロー))があるらしいってことで俄然興味と奥さんを連れてく上での安心感からクラビに決めた訳です。ところが予定していたのがローシーズン。BeeBeeBunbalow(ビービーバンガロー)の方とさくらさんに国際電話で問い合わせたところタイの雨季にあたり、外海に面したランタ島はおすすめできないとのこと。そこで浮上したのがピピ島。

それまでピピ島なんて知らんかったんですが、知れば知るほど楽園っぽい。おー、あのレオ様までピピ島を舞台に映画に出てるではないか!

ってことでザ・ビーチ見たりなんやかんや盛り上がってピピ島に決定!って感じで初めてのタイに向かったのです。

いやー、最高でしたね。タイ初心者らしくごはんはカオパット、パッタイ、トムヤムクン、あとひたすらフルーツ!って感じでしたけど飯も海も人も空も全部が素晴らしい!

なんて思いながらふと奥さんを見るとね、それまで何年も一緒にいて一度も見たことのないような顔をしてるんですよ。まるで子供みたいな顔。心底リラックスして喜びに満ちてるような顔なんです。

ホントに来て良かったと思いました。報われたと思いました。奥さんもそう思ってくれていると実感できました。それからクラビにいる間、いろんな他愛もない話をする中で「うん、ここなら住める」って奥さんが言うんですよ。(元々海外志向の強かった僕は常々いつか日本を出たいと話していました)

 

SHOCK HARTS

 

いや、まぁそれから盛り上ったんですよw 僕は奥さんが喜んで一緒に行ってくれるアジア圏の国ならどこでも良かったんで、じゃあいつかタイに住もうか?いいね!ってな感じで。その頃の我が家の世帯収入はそれほど悪くなかったし借金もそのうち終わる。収入アップの見込みもあったんでもう10年お金を貯めてタイに移住して店をかまえよう!…とまぁそう簡単には行きませんでしたけどw

それからまた仕事関係で失敗して10年計画は振り出しに戻り、時を同じくして3・11が起こりました。僕は超人的な精神の持ち主と勝手に自負していますがボロクソにショックでした。日本人のほとんどの方がショックだったと思います。

物理的にも精神的にもかなりダメージを受けて、その上職場環境があまりに酷くある日突然職場を辞めて帰り、その日から鬱にもなりました。それは自力で治しましたがありゃ酷かったw

震災よりも、原発よりも、国や世界の反応や対応やその在り方、それに伴うネット界隈のカオス。ウンザリでした。

賛成!や反対!や食べよう!や食べるな!安全です!いや、危険です!陰謀だ!バカじゃねーの?とか、僕にはどーーーーーーでもいいんですよ。

僕はどっちでもないです。ただただそんな中で目の前で津波に流されていく人達を叫びながらも見ているしかなかったような数々の映像なんかが繰り返し頭によぎっては声高に何かを無意味に訴えてるような人を目にしてウンザリします。

この辺の話に関してはまたいつかどこかで記事にします。

 

「日本人ですか? タイ人ですか? いいえ、ガイジンです。」

 

とにかくそんなこんなで振り出しに戻った我が家ですがここは考え方の変換です。開き直りましたw でもまぁ借金終わるじゃん。自由じゃん。ってw ポンっと店をかまえるとか10年後とかじゃなくてもう行っちゃおうか!ってなったんですね。アホですね。

で、来ました。テキトーな仕事見つけてビザ取って。いきなりクラビに行けるわけでもなく(仕事がありません…)、初めてのバンコクへ。クソ都会です。カオスです。面白い国です。住めば都っていいますけどそういうわけではないです。確かに日本にウンザリで出て来ましたけどじゃあ外国はより素晴らしいなんて鼻っから思ってもいません。結局どこの国に行っても、人種は違えど同じ人ですし良い面悪い面賢い面愚かな面、似たようにありますし今だって日々ムカつくこともウンザリすることもいっぱいあります。

じゃあなんで?って話なんですが、我が家の標語に「日本人ですか?タイ人ですか?いいえ、ガイジンです。」ってのがあるんですが。つまり基本ベースは外人という立場で居たいということなんです。勿論我が家は日本人家族なのでどこまで行っても日本人です。たとえばタイ人にはなれません。政治的な問題で生きていく困難があってどこかの国に亡命を許されてそれから帰化でもするとか、そのぐらいのレベルじゃないと国籍なんて変えられそうにないですし。

先ほども言ったようにどこに行っても基本同じだと思っているんです。だけど日本という国に精神的に参加していたくもない。僕には外人でいることが一番楽なんです。宗教の違いも言葉の違いも生活習慣の違いも「仕方ない」である程度まで許容してもらえる特権階級じゃないですかw

だから自由とも言えるし僕の世界も狭いとも言えるんです。手前勝手な世界ですからね。僕が書くのはそんな狭い視点から見たタイです。

誰しもが狭い世界に生きてると思うんですよ。タイ人から見たタイだってスゲェ狭いです。低所得者層からみたタイ。地方出身者から見たタイ。超金持ちから見たタイ。タイ語だってタイの地方によって言葉が違うからある人から教えてもらったタイ語を違うタイ人にはそんな言葉ないと否定されたり。

世界中の人みんなそれぞれに育った環境、取り巻く環境、に於いて小さな世界に生きています。世界中を飛び回ってグローバルな視野とか言ってる人もそういう狭い世界に生きています。

そしてタイにいる日本人!このそれぞれのなんと世界の狭いこと!駐在さんたちは駐在さんたちの世界。現採さんたちは現採さんたちの世界。ツーリストやバックパッカーもまた然り。日本人がより集まって、日本のサービスをせっせとこしらえたり利用したり。

僕の世界は奥さんと娘の小さい小さい世界です。タイに生きる小さい家族の世界です。それを大事にしたいとも思っています。

そういう想いを込めてtinythaiであり、自戒の意味を込めてのtinythaiでもあります。また人の振り見て我が振り直せ的なtinythaiかも知れません。そんな感じです。長文お付き合い有り難うございます。

これからボチボチ記事らしいものを上げていくのでよろしくお願いいたします。

 

※正解は「タイに居たい=tinythai」でした。あしからず!