タイに移住して7年が過ぎました。

タイに移住して7年が過ぎました。

タイトルの通り、タイに移住して7年が過ぎました。

 

バンコク在住のてーぷです。

 

最近は毎年のことですがビザの更新やらなんやらでお役所手続き的なことに追われております。

 

気付けばもう7年。改めて自己紹介がてら我が家のこの7年の経緯をざっくりと振り返ってみたいと思います。

 

長いような短いような、一つ言えるのは7年経ってもタイのことはまだまだ何も知らないってことですかね。

日々は非常に地味なもんですが、7年まとめて俯瞰してみると結構激動の7年でした。

 

9年ほど前に独り身でガンを患っていた母を亡くして僕はと言えば仕事に失敗。

長期的に計画していたタイ移住をさっさと繰り上げて間もなく貯蓄もないまま奥さんのMaiさんと猫の音々を連れてタイに渡航しました。

 

我が家の長女である猫の音々はMaiさんと20年、僕とは10年以上寄り添ってくれたかけがえのない存在で、一度乳腺腫瘍の手術を乗り越えましたが永くはないことは分かっていたのでタイで看取るつもりで連れて来ました。

 

最初のタイ生活において音々と過ごした日々は楽しくて穏やかなものでした。

音々を置いて遠方へ旅行というのはなかなか無理がありましたが、バンコク周辺でも初めてのものばかりで見るものすべてが新鮮で楽しかったのを覚えています。

 

仕事はコールセンターに夫婦で努めていましたが、諸々の事情と先のことも考えて1年後には転職。

ラオスに数回ビザラン(ビザ取得や切り替えのために国外で手続きをするための往復ツアーです)をしました。

 

当時のタイはちょっとした爆弾騒ぎとかが続いていてその後クーデターが起きます。

以後軍事政権が続いてますが、我々外国人にとっては生活はさほど変わらず局所的に物騒なことはあれど平和でした。

一時期は軍の取り締まりがキツく、各所に見張りの拠点があったのはちょっと落ち着かなかったですけど。。。

 

そういったあれこれも日本ではなかった体験で、今思えば最初から盛りだくさんだったなとw

 

夫婦して転職したんですが、時を同じくして我が家の中でも最大級の出来事が続きます。

 

最愛の猫の最期と同時に娘なむちゃんの誕生です。

 

乳腺腫瘍再発で急激に弱っていく音々の最後を看取る日々と10年以上子宝には恵まれず、もう無いものと思っていたお腹の中の命を育む日々を同時に過ごすという不思議な一年でした。

 

命はこうやって廻るのだなぁと妙に腑に落ちる感覚もありましたし、音々に別れを告げることでこの先うなだれてしまうのではなく新しい責任と喜びを持って生きていくことを余儀なくされたわけで。。。

 

親を放っておけない音々に授かった命として娘のなむちゃんには生まれる前から特別な想いがあります。

 

 

まぁこの辺はいくら語っても語り尽くせないのですがw

そんなわけで生活が一変しました。

 

いろいろあってMaiさんも仕事を続けることを断念。それまで共稼ぎでのんびり10年ぐらいお金をためて独立しようと考えてきた我が家でしたが、とにかく新しい家族の一員を無事にこの輝ける残酷な世界に迎え入れなくてはいけないので家賃の安いバンコクの外れに引っ越しをして僕が扶養家族二人を抱えるという緊急事態となったわけです。

 

とにかく先のことなんて考えられなかったのでぎりぎりやりくりできるだけの体勢を整えました。

 

タイ語もろくに喋れないのにほぼタイ語しか使えない病院で手続きに四苦八苦したり、友達の子供が通っていたローカルの幼稚園に入学させたり。

ちなみに7年もタイで働いていたら何も習わなくてもカタコト程度ならタイ語を話せるようにはなります。少しですが。

 

 

少し慣れた頃に先々のことにも目が向けられるようになって何かの足しになればいいと思ってこのブログとYouTubeをはじめました。

 

ところがこれは僕の悪いクセなんですが、染み付いた反体制、反商業主義w

 

ハマりにハマって人気を集めて収入を得るようなものをことごとく排除するようなやり方でしかやりたくなくなってしまって現在に至るわけですが、特にYouTubeは僕の表現手段の一つとしてなくてはならないものになってしまいました。

結果については今は二の次といったところです。

 

別の部分で悪あがきしたところ同じ職場、同じく現地採用でありながら日本側の会社に移籍をして多少なりとも収入が上がる幸運に恵まれました。

 

ということで成長とともにお金もかかる娘をどうにか育てられているという。

 

 

そこへ新型コロナウィルスによる世界的パンデミック!!!

 

こうやってみるとこの7年全く落ち着かないですw

 

 

僕と一緒になるまでそんなに無茶なことをするタイプではなかったMaiさんはジェットコースターのようだけどもう慣れた、そしてそれなりに楽しいと言います。

コロナは僕のせいじゃないですけどねっ!

 

 

とまぁこんな感じでバンコクで7年を過ごしたのが我が家です。

 

タイでも非常事態宣言の影響で役所のいろんな業務が止まったりして最近はほんとに諸々の手続きを休みの度にこなす日々です。

 

最近の動画を少し紹介させてください。

 

 

 

普段から我が家の日常生活を題材にそのままVlogとして動画を撮っていますがホントに全然出かけることができなくてツラいですw

 

 

なにかで同じことを言ったような気もしますが改めてここ一個人の意見としてお伝えしておきたいことがあります。

 

このブログの記事の中でもよく見られている~タイ移住のすすめ的なのがありましてそれに関連した動画も少し見られています。

タイ移住に関するお問い合わせをいただくこともあるのですが、僕個人の意見としては今は移住を急がず少し様子を見ては?というものです。

感染拡大が一向に落ち着いていないということもありますが、それに伴って日本もタイもここへきて無理を押し切るという局面に立っています。

 

具体的に言うと日本のオリンピック開催やタイでの外国人観光客受け入れなどリスクの大きなものです。

そしてそれはコロナの感染拡大に対するリスクというよりそこで何かあった場合に伴う経済への新たな打撃です。

 

タイへ来た途端職を失うということも普通にあり得る昨今です。

 

タイはとても楽しい国だと7年経った今も思います。

しかしながら仕事をして生活をするという意味においては別に夢のような新天地とはならないです。

ですので僕の記事や動画に刺激を受けた方がいらっしゃるとしたら今一度よく考えてもらえたら良いなと思っています。

 

止まない雨はないです。

 

晴れ晴れとしたまさにそのときに、タイで皆さんにお会いできたら嬉しいです。

 

今日はこのへんで。

おやすみなさい。