タイの市場の不潔さに感謝

NO IMAGE

先日、いつものように近所の市場へ行きました。

バンコクの外れの小さな市場です。そこで朝はいつも屋台のコーヒーを買います。

 

その市場は夕方がメインなので朝はやっているお店が少しだけで空いています。

娘に目をやると市場内を無邪気に駆け回っていました。

 

 

ウチの実家(と言っても奥さんのMaiさんの実家ですが)は横浜の外れの方なんですが、以前はそこにも小さな町の市場があったのをふと思い出しました。

なぜかと言うとそのような、言い方は悪いですが「小汚い」市場はもう日本ではそんなに見かけなくなったからです。

 

だから娘のなむちゃんも、タイに住んでいなければこんな小汚い市場を走り回って育つことはなかったのかもなぁと思ったのです。

写真では市場の全景はわからないと思いますが、まぁタイの市場なんて似たりよったりです。

 

ネズミも走り回っていますし、小鳥も飛び回っています。壁にはヤモリが這っています。

不衛生です。

 

「良かったね」と思いました。

 

何故かをキチンと誰もが納得できるようには説明できません。

 

でも、市場を行き交う人達の息づかい、食材や料理の油で汚れた屋台や市場の床。

それらの臭い。屋台に使われている木材や板切れの腐って黒ずんださま。

ビニールシートの脂ぎったベタつき。

 

都会生まれの都会育ちではありますが、娘がそれらを知りながら育ってくれていることをありがたく思いました。

 

不衛生だし不快なこともあるかもしれない。

でもそれらは人の「生活」のむき出しのさまであり、血の通った、当たり前のものであるように思うんです。

 

もちろん娘は小綺麗で快適な場所を好みますし、汚れたりするのも嫌いです。

でもだからといって市場を嫌いませんし、その中でこうやって無邪気に遊んだりもします。

 

大きくなるまで木が腐ることや、我々の食べ物のカスを虫やイモリや小鳥が同じ空間の中で拾い集めて食べていたりすることや、そういう場所で怪我をしたら痛いしばい菌が入るなんてことを知らずに育つことも考えられます。

本当に年寄りめいたことを言いますが、それは悲劇のように思えるのです。

 

タイでも中流以上のバンコクっ子なら今どきあり得る話です。

市場でものを買わない家庭もいます。

 

市場そのものが年々小綺麗になっています。

 

良いことか悪いことかここでは判断しませんが、そんなことをぼんやり思ったというお話しでしたw