タイのクソ甘いコーヒーを飲み続ける理由

タイのクソ甘いコーヒーを飲み続ける理由

東京は阿佐ヶ谷。

 

俺にとって最高の珈琲は、迷わずその阿佐ヶ谷にあるカフェドゥワゾーCAFE DEUX OISEAUXの深煎のマンデリンである。

 

 

今現在どのように営業されているのかはわからない。マスターご夫妻もご高齢のはずだし、このコロナ禍での状況は俺には知る由もない。

この店に行き始めたのは約30年前。

小さな珈琲専門店。自家焙煎。店の奥に焙煎室があって、マスターがまさに一粒一粒豆をルーペで確認しながら駄目な豆をピンセットで弾いていく。

コーヒーケトルの細いお湯でゆっくりと入れるネルドリップ。

落とした珈琲を少し火にかけ直して顔がほころばずににはいられない香りとともにカップがそっと運ばれる。

500円。(恐らく30年前からずっと)

 

あちこちで珈琲を飲んだ。それこそ一杯軽く1000円以上取る数量限定のAAAのキリマンジャロを出すお店などでも珈琲を楽しんだ。

だがカフェドゥワゾーの足元にも及ばない。

 

そんな珈琲を何も足さずそのままブラックでゆっくり頂く。

 

至福の時間。

 

 

そんな珈琲大好き オジサンが今バンコクのこの地で日々愛飲してるのが屋台のインスタントコーヒーだ。

 

 

お店に寄って様々だがザックリした分量を言うと、ティースプーンではなく食事用のスプーンでネスカフェが軽く二杯、砂糖も同じぐらい、粉ミルクも同じぐらい、練乳を30~40mlぐらい。それをティーカップ一杯分に満たないぐらいのお湯で溶いて氷の満たされた紙カップに注ぐ。そしてとどめにエバミルクを注ぐ。

 

ドロ水である。

 

安いところで20バーツ。

 

バンコクに来た頃はとてもじゃないがコレは無理って感じだった。

せめて甘さ控えめ、もしくは砂糖抜きでと注文するが余計に不味さが際立つ。

 

さすがの大都会バンコクなのでそれなりの珈琲を出すカフェも多数ある。

とはいえ100バーツ出しても飲めない上に、マシンで淹れたものだ。

 

それならスターバックスでも変わらない。

 

ちなみに日本にいたときはスタバなんぞクソまずくてめったに飲まなかった。

そのクソまずいスタバのコーヒーに百数十バーツも出してコーヒーを飲む気にもなれなかった。

 

第一にタイに住み始めた時点で低所得で貧乏生活が前提だったので家計的にもありえない選択肢だったわけだ。

 

郷に入らばだ。

 

屋台のコーヒーを買ってみる。

その行為そのものは楽しかった。

 

バンコクにいる日本人の多くは日本の生活かそれ以上を維持する、もしくは望む人が多いが俺にはそれの何が楽しいのかわからない。

安く贅沢を楽しみたいということなんだろうが、タイである意味がそこにはない。安く上がればいいってことなわけで。

 

貧乏人の言い訳なのかもしれないが、タイに住んでいるのだからタイでの暮らし方、タイ人の生活感。何を食べて何を感じるのか。

言葉の壁は大きい。

 

金と時間を割かないことにはタイ語の習得も楽ではない。でも食生活はその場から理解可能だ。

 

買ってみる、食べてみる。

 

美味しかったり不味かったり。

元々タイ料理は好きだったので大抵美味しい。

 

コーヒーに関してはいつの間にかだ。

 

暑い国なので「冷たい」「糖分」が有り難くなってくる。

もはや日本で飲んでいた珈琲とは別な飲み物。

 

習慣化してくると職場のタイ人の同僚なんかともあそこの屋台のコーヒーは美味しいとか不味いとか、そんな会話が当たり前にできるようになってくる。

 

俺は別にタイ人になりたいわけじゃない。

 

在タイ日本人の中には先程も述べたように安い国でハイソな暮らしを求める、タイの文化と自らの生活を切り離して生きる多くの人達と、少数派ながら地方都市などに住み、タイ文化に精通してタイ語も流暢にこなし、まるでタイ博士のようで、タイを知らない日本人を馬鹿にするように上からマウントを取ることで自らのアイデンティティを保っているような人たちとで「主に」構成されている。

 

俺はどちらでもない。俺は俺。ガイジンだもの。

 

ちなみにそのタイ博士ばりにタイに詳しいような日本人より、田舎出の出稼ぎタイ人とかのほうがタイのことを知らなかったりする。

 

そんなもんだ。

 

みんなアイデンティティを確立するのに忙しい。

 

アイデンティティってのは生まれた瞬間に備わってるもんだよ。作り上げてすがりつくもんじゃない。

人って意味でみんな同じだし、人って意味でみんなそれぞれ違う。

 

自分らしく自分の居場所に腰を落ち着ければいいだけのこと。

 

話がくだらん御託にそれてしまったが、そんな風に自分の身の丈にあったタイ生活を過ごしていく内に例の「ドロ水」が毎日欠かせない飲み物になってしまった。

 

甘さ控えめなんて飲んでられない。ガツンと甘くだ。

飲まないと禁断症状が出そうなぐらい習慣化してしまった。

 

そしてその分地に足もついた気がする。

タイに関する知識もないしタイ語もろくにしゃべれない。

 

でもタイ人の感覚が前よりわかるし、この「ドロ水」を飲みたくなる気持ちが普通にわかる。

「自分の国」とは思わないが「自分の住んでる場所」という実感はあるのである。

 

そうしてタイに仲間入りさせてもらって、今日も明日も屋台のコーヒーを美味しく頂く。

 

 

あー、こうやって俺は在タイ日本人に敬遠されてタイ好き日本人には煙たがられるんだろうなぁww

 

他意も悪意もない。思ったまんま、見たまんま。

 

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